扉を叩く音で、目を覚ます。どうやら椅子に座ったまま寝てしまったようだ。夏とは言え、夜の空気はひんやりとしていた。風邪をひかなきゃいいけど、と思いながら錠を外す。きい、と音を立てて扉を開くと、黒い鎧に身を包んだ男が立っていた。軽く手を上げて笑うその姿は快活で、これが女性を虜にするのだろう。そう思った途端、心配して待っていた自分が間抜けに思えて、の口からは文句が飛び出た。
「またこんな時間まで出歩いて」
「こんな夜は遊んできたくなるのさ」
 ジョヴァンニは空を仰ぐ。見れば、丸い月が大きく輝いていた。けれどにとって、それは何の慰めにもならない。
「嫌ですよ、貴方の遊びは」
「女を抱いてきた訳ではないぞ」
「そうでしょうね。貴方は誰かを死に招いてきたんでしょう」
「流石だな、。ご名答だ、我が美しき理解者よ!」
 今夜は月が綺麗だ。血もよく映えたことだろう。楽しそうに笑う男の姿が目に浮かぶ。
「女遊びの方がまだましです」
「少しくらい妬いて欲しいものだがな」
「死体相手に妬けとでも?」
「愛がそこにあるのならば。嬉しいに決まっているだろう?」
「貴方に聞いた私が馬鹿でした」
 いよいよ腹を立てるのも馬鹿らしくなってしまった。が家の中へ招き入れてやると、入り際、ジョヴァンニは鼻歌交じりにの頬にキスを落としていった。とんだ色男!が頬を押さえて視線を送ると、ジョヴァンニは満足そうな笑みを浮かべて部屋の奥へと消えて行った。
 ひゅう、と冷たい夜の風がの首筋を撫でた。
 外を振り返ると、澄み切った夜の空に浮かぶ月が、嫌と言う程目に入った。
 死を静かに見下ろす、荘厳で美しい無慈悲な月!この月がジョヴァンニという男を駆り立てるのだろうか。じいっと見続けていると、なんだか自分自身が吸いこまれてしまうような気がした。にはそれが恐ろしくて、慌てて扉を固く閉めた。あの大きな月に飲み込まれてしまわないように、しっかりと。

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