過ぎ去らぬ夏の夢

「さのすけさん、つめたいよ」
 目を閉じたが言う。それはとても気持ち良さそうで。これからおやすみなさいを言って、眠りの国へと沈み込んでいく子供のように安心しきった声だった。
「何が」
 問いかける原田はのように穏やかではない。そもそもがどうしてそんなに穏やかでいられるのか原田にはわからない。
「畳。ひんやりしてるから」
「あぁ」
 確かに、そうかもしれない。汗でじっとりした肌に、畳の冷たさは気持ち良かった。
 けれど、原田は暑くて仕方がない。畳の冷たさ程度でこの暑さが消えるとは到底思えなかった。

「なぁに」
「…何でもねぇ」
 本当は叫んで走り出したいくらいなのに、暑さのせいか立ち上がるのすら億劫だと感じる自分がいて、どうにも原田は苛々した。自分らしくない、と思う。
 暑い暑い暑い。全て、暑さのせいだ。
 そうだ、今、自分の隣で無防備に転がっている女を抱いたところで、暑さのせいにしてしまえるだろう。
「…
「なぁに」
 相変わらずの返事は穏やかだ。拍子抜けする程に。
「…何でも、ねぇよ」
 ため息と同時にそんな言葉を吐いた所で、この暑さが身体から消え去る訳でもなく。この暑さが過ぎ去るのをただただ大人しく待つしかないのだろうか、と原田はぼんやりと考える。
 嗚呼、くそ、自分らしくもない。

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