この人は自分が壊される事を考えたりなんてしないのだろう。
それはもう嬉々として人や物を壊すものだから、てっきりそう思っていたのに。 「私だって恐怖心くらい持っている」 男があっさりとそう言ったので、は拍子抜けしてしまった。 「へぇ、それは、」 「意外か」 「意外です」 神妙に頷くと、男は口の端を吊り上げた。その笑顔を見ながら、美しさは必ずしも爽やかさに直結しないのだなぁとはしみじみ思う。 「お前、私の事を殺戮マシーンだとでも思っているんだろう」 「えぇと…流石に、そこまでは…いや、まぁ、似たような感想はなくもないですが」 「はっきりしない女だな」 「貴方への恐怖心からはっきり言えないんですよ」 「ほう、なかなか面白い事を言う」 の不躾な物言いに対して、男はシニカルな笑みを浮かべた。 は未だにこの男の琴線に触れる範囲が理解できない。全く訳がわからぬうちに怒らせた事もあれば、反対に喜ばせた事もある。前者の方が圧倒的に多いのがにとっての不幸だった。しかし、何より不幸であるのは、この男の事をもっと知りたいという気持ちがの中から消えてくれない事だろう。 「とにかくだ!私は殺戮マシーンではない。あくまでただの人間だ」 ただの人間が、あんな風に人を殺せるものか! は恐れと呆れとほんの少しの憧憬の念を抱きながら、目の前の美しい男を食い入るように見つめた。 「恐怖心があるからこそ、人を殺せるのさ」 と、男は言う。言葉だけを聞く限り、にも理解できない訳ではない。しかし、その言葉の出所がこの男である事、それが何より問題だった。この男はあくまで捕食者であって、被食者ではない。 ぐるぐると考えを巡らせてみたものの、明確な答えは出てこない。がうーんと唸ってしまうと、男は微かに失望の色を見せた。 「何だ、その間抜けな面は」 「と、言われましても…私の凡庸な脳では貴方の言葉についていけないというか」 「興醒めだ」 男は言い捨てたかと思うと、その場から消えてしまった。文字通り一瞬で消えてしまったのだから、やはり”ただの人間”には分類できない。 「…殺戮マシーンでもないただの人間は、何を恐れているんでしょうねぇ」 捕食者だとすれば。男にとって、殺す行為は食べる行為に等しいものがあるのだろうか。食べなければ、生き物は死ぬ。死ぬ事は恐ろしい。 と、ここまで考えては首を捻る。 人を殺さなくても人は生きていける。現に、”ただの人間”であるはそうだ。 「レッド様、貴方はやっぱりただの人間じゃないですよ」 は独り、ぽつりと呟いた。言葉に出してみると、何だか無性に寂しかった。 |