それはまるで幻のような

「愛って何だろうね」
 のそのぼんやりとした言葉に、ヴィラルは眉をひそめた。
「何を言っている」
「だから、愛ってのは何なんだろうかって」
 ヴィラルはそんな回答を望んでいた訳ではなかった。くだらん事を言うな、という意図は、にはやはり通じないらしい。半ば諦めの念を持ってヴィラルは言葉を吐き出す。
「そんなもの、私が知っているはず無いだろう」
「そっか」
「貴様はまたくだらん事を」
「あのね、ニンゲンが言ってたのを聞いたの」
「…またニンゲンか」
 ”ニンゲン”の言葉に、ヴィラルの表情は険しくなる。以前からはニンゲンの事を気にかけている節があるのだが、ヴィラルにはそれが気に入らない。
「あ、でもね、ちゃんと始末はしたよ?」
「当然だ」
 慌てて言葉を紡ぐに、ヴィラルは憮然と言葉を返した。逃した等と言ったら、ヴィラルがここでを始末してもおかしくはないのだ。
 は自身を落ち着かせるように深呼吸してから、寂しそうに呟く。
「私達獣人には、愛って無いのかなぁ」
 あるはずがない、とヴィラルは思う。その反面、無いものねだりをするこの娘に哀れみにも近い感情も抱いていた。しかし、それはあくまで哀れみであって、愛ではない。そうだ、愛なんてものは、
「愚かなニンゲンの考えることだ。気にする程のものではない…それより、今のうちに飯でも食っておけ」
 私はもう行く、とヴィラルはを待たずに歩き出した。
「ねぇ、ヴィラル!」
 その背中に向かってが叫んだ。
「例え愚かでもね、それでも私は、貴方を」
「それ以上は言うな」
 の言葉を遮るように、ヴィラルは言った。静かだけれど、強い拒絶。その先は獣人が言うべき言葉でも、聞くべき言葉でも無い。
 一瞬歩みを止めたヴィラルだったが、それはあくまで一瞬で、決して振り返りはしなかった。だから、あんな言葉はただの幻聴に過ぎないのだ。

 貴方を愛していたいんだ、なんて。

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