「山南さん、死んじゃったんだよねぇ」
藤堂はそう言って、今日何杯目かわからない酒を煽った。 人の死を語るには、あまりに軽い口調だった。けれど、は何も言わない。ただ、静かに藤堂に酒を注いでやる。藤堂が嗜めも慰めも何も望んではいないのだという事を、は悲しいくらい理解していた。 「ねー、ちゃん」 藤堂は幼子がやるように、さほど意味の無い同意を求めてに声をかけた。 「ねぇ」 もう一度甘えたように声をかけると、は穏やかな微笑みを返した。 は遊女にしては口数も色気も少なすぎる娘だったが、藤堂は逆にそれが気に入っていた。何よりは、汚れを知りながらもいつだって穏やかな微笑みを浮かべる事のできる娘だった。 だから、藤堂はこの日もの元を訪れた。 「ちゃん、俺、めっちゃ好きなんだよ、君の事。本当に、ちゃんの事が好きで好きで、もう、どうしようもないくらい好きで」 まくしたてるように話す藤堂の頬は、仄かに赤い。酒が入っている所為だ。 「えぇ、わかってますよ」 「あぁ、やっぱり?俺って幸せ者だよねぇ」 へへへ、と藤堂はだらしない笑い声を立てながら、を緩く抱きしめた。抱きしめられながらは藤堂の背中を労わるように撫でてやる。暖かい手だ、と藤堂は思う。 「ずっとこうして居られたらなぁ」 そんな事は不可能だけれど、という言葉は続けずに飲み込んだ。そんな言葉はには言うべきではないのだ。しかし、無理矢理胃に押し込んだ言葉はまずくて仕方が無い。藤堂は気分の悪さから逃れるように、を抱きしめる力を強めた。先程よりも確かに感じるその身体は柔らかく、暖かい。 「ここは、暖かいねぇ」 藤堂が呂律の回らない口で呟くと、はその言葉を肯定するように小さく笑った。藤堂も、笑う。 「…山南さんも、暖かい所にいるといいんだけど」 あの人はよく風邪をひいていたから、と言う藤堂の言葉は酷く気だるげだ。それからあくびが漏れた。どうやら眠気が襲ってきたらしい。見れば、藤堂の細い目は今にも閉じられそうだった。 もっとも、藤堂の言葉を重く響かせた原因は、眠気だけでは無かっただろうけれど。 「平助さん」 最早完全に瞼を落とした藤堂の耳に、の静かな声が柔らかく響いた。その時、が浮かべた微笑みがどんなものであったか、既に眠りに落ちた藤堂は知らない。今まで見た事のない酷く悲しげな微笑みであった事を、藤堂は知らない。それが果たして幸運であったのか否か―――それは、誰にも分からない。 |