忘れてなんかやらない

 また会える?とが聞くと、男は困ったように肩をすくめてみせた。
「さぁ、どうだろうな」
「会えないなら会えないで構わないの。でも、また貴方に会えたらいいなって」
 私はそう思う、とは小さく付け加えた。
「また会えたら、か…俺もそう思うさ」
「あくまで希望?」
「さぁ、どうだろうな」
「どうしてそうはぐらかすの」
 が拗ねたようにそう言うと、男は困ったように笑った。それから静かに煙草に火をつけた。白い煙が踊りながら空に吸い込まれていくのを見つめながら、は無遠慮に口を開く。
「煙草は嫌い」
「あぁ、悪い」
 と、火を消そうとする男の手を、の手がそっと押し留めた。戸惑ったように男の瞳が揺れる。いつも飄々としている男にしては珍しい反応だったので、は思わず目を細めた。
「いいの、消さないで」
「…嫌いなのに?」
 問われたは静かに頷く。
「覚えておく為よ。忘れないように」
「…勘弁してくれよ」
 男は苦々しげな言葉とは裏腹に、をぐいと抱き寄せた。
 地面に投げ捨てられた煙草からは、変わらず煙が昇っていた。鼻をくすぐる独特の香り。この香りを嗅ぐ度、は男の事を思い出さずにはいられなくなるのだろう。例え男がの記憶から消えたいと願ったとしても。

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