この人はどこまで気づいているのだろう。 私は恨みがましい視線を田九郎さんの背中に投げつけた。すると、背中に目でもついているのか、田九郎さんが振り向いた。 ほら、そうやってすぐ気づく癖に。 「如何された」 「…イイエ別ニ」 わざとカタコトで答えてやる。ささやかな反抗だ。田九郎さんはそんな私を不思議そうに見る。先程まで上機嫌だった私のこの落差に、怒りよりは疑問を覚えたようだ。 「殿?」 「田九郎さんは、」 言いかけて、一瞬迷う。嗚呼、だけど、田九郎さん、 「シルヴィさんのことが好きなんでしょう?」 「…何を言い出すかと思えば」 一瞬の動揺を隠せないなんて、田九郎さんらしくもない。私は失望にも似た気持ちを覚える。恋をするとどうにもいけない。人は自分勝手になる。 「好きなんでしょう」 疑問ではなく、断定の言葉。何の権利も無い私が田九郎さんを糾弾するように見つめると、田九郎さんは困ったように目を伏せた。 そこから訪れた沈黙は恐らくほんの少しだったのだろう。けれど、私にはとてつもなく長く感じられた。大げさかもしれないけれど、それは既に確定している死刑宣告を改めて言い渡されるような、息苦しくてたまらない時間だった。 そして、その時間を止めてくれたのは、田九郎さんのたった一言。 「左様」 さよう。 つまり、肯定。 田九郎さんは諦めたように、ため息を吐くように、その言葉を吐き出した。酷い言葉だ、と私は思う。何だかんだ言って心のどこかで否定してくれると期待していたのかもしれない。我ながら往生際が悪いとは思う。思うけれど、きっとそれが、恋、なのだ。 「そっかぁ」 あはは、と私は笑った。笑うことに力を使うと感じたのは初めてだった。 「…何かあったのか?」 心配するような、優しい田九郎さんの声。ほら、また。こういう所ばかり気づくのだ。 優しくて鈍いこの人は、なんて残酷なんだろう。 |