実の所、黄信は酒が嫌いではない。 ただ、訳がわからなくなる程酔って馬鹿みたいに騒ぐのが嫌いなだけだ。それなのに、今まさにそんな馬鹿騒ぎの中に身を置いている。全ての所為だ。黄信は己のすぐ横でけらけらと笑う娘を睨みつけた。 「黄信さんたら!もう、おかしいんだから!」 「何がおかしいのか全くわからん」 顔を真っ赤にしたは馬鹿みたいに笑う。これだから酔っ払いというやつは。付き合いきれん、と黄信が席を立とうと腰を浮かせた。と、ふいに左腕に柔らかな感触。どきりとして見れば、ががしりと黄信の腕を抱きこんでいた。 「黄信さん!どこ行くんですか!?」 「…何処だって構わんだろう」 厠に行くとでも言ってごまかせば良いものを。黄信という男は不器用である。嘘を吐けずに言葉を濁した。 「行かないで!」 「ええいひっつくな、鬱陶しい!」 が逃がすものかとさらに力を込めるものだから、黄信はそれを振り払った。が、思いのほか勢いが良すぎたらしい。はぺたりと尻餅をついてしまった。一瞬呆けたような顔をしていただったが、次の瞬間には幼子のように顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。 「黄信さんに嫌われた…!」 怯んだ黄信を残し、はそのまま勢いよく酔っ払いの一人に抱きついた。 可愛らしく抱きついたのならば喜ぶ男もいるかもしれないが、もこう見えてエキスパートである。酔いで力の加減を失ったのそれは鬼のタックルと化していたが、幸いな事に相手は鉄牛であった。 「!気持ちは嬉しいが、俺には銀鈴が!」 「大丈夫!私、鉄牛のことは友達としか思ってないから!」 「!」 「鉄牛!」 がしい!と抱き合い友情を確かめ合う二人。本人達にとっては美しい友情の抱擁なのだろうが、傍から見れば正直ただの酔っ払いとしか映らなかった。 「くだらん」 呆れたように言葉を吐き捨てる黄信を見て、戴宗がにやにやと笑う。 「何だ何だ。焼き餅ってやつかい、黄信よ?」 「馬鹿を言うな」 何が焼き餅だ、と黄信は顔をしかめた。 「そうなんですか、黄信さん!?」 「お前も真に受けるんじゃない!」 にも戴宗の発言は聞こえていたらしい。大喜びで黄信に詰め寄るものだから、黄信は思わず怒鳴り返した。 「…でも、私は…私は、黄信さんのこと…!」 肩を震わせるを見て、流石の黄信もどうしていいかわからない。 と、すこーん!と突然、小気味良い音が響いた。飛んできた蟹の甲羅がの頭に見事クリーンヒットしたのだ。 飛んできた方向を睨みつけると、そこには天に向かって叫ぶ鉄牛の姿。 「銀鈴ーーー!好きだーーー!」 「ちょっと鉄牛!痛いんですけど!」 「何ぃ!?銀鈴に対する俺の胸の痛みに勝るとでも言いてぇのか!」 「黄信さんに対する私の気持ちが負ける訳無いでしょうが!」 「ーーー!」 「鉄牛ーーー!」 先程とは逆に競争心を燃え上がらせる二人。周りの者達も面白がって声援を送るものだから、ますます騒ぎは大きくなるばかり。 「おいおい黄信、お前さん告白されてるぞ?」 どうすんだいこの色男、と戴宗がにやにや笑いながら肘で黄信を小突く。 これだから酔っ払いは! 黄信は近くにあった酒瓶を乱暴に掴んだ。いっそのこと酔ってしまった方がこの場は楽になれるだろう。そう思ってぐいと飲み干した酒は、やはり苦かった。 |