赤の憧憬

 一歩間違ったならば落ちるは  恋  だ。


「剣八さん」
 声は微かに掠れていた。
 大きな背中はやはり振向かない。にはそれがわかっている。
 海のようだ。足元が。これがモノクロの世界ならば恐らくこの人は今頃真っ黒に染まりきって飲まれてしまっているんじゃないだろうか、とは思う。
 残念ながらそこにあるのは

 赤

 だったけれど。
 綺麗な赤ではない、とは思う。けれど愛しい色だ。いくら文句を言った所で是ばっかりは、最期まで捨て切れない。
 でなければ死。
 なんとなしに笑いたくなった。あは、と大して意味の無い渇いた笑いをは吐き出した。
「剣八さん」
 やはり振向かない。天を仰ぎながら男は笑う。獣みたいに下手に笑っていた。
 その身を包む死神の衣装にも赤が染み込んでいた。自身のものではない。この人はこうやって生きていくのだろう。赤を飲み込みながら。恐らくそれは食べ物だとか睡眠だとかそういった類のものに似ているのだと思う。
 そうだ、戦わなければ、この人は多分消えてなくなってしまう。
 哀れだ。と思う反面、はどうしようもなく男に惹かれた。
「ねぇ、剣八さん、楽しかった?」
 柔らかく問い掛ける。
 ゆっくりと更木は顔だけをこちらに向けた。
 にぃ、と口の端が吊り上げる。決して穏やかではない笑み。
「わかりきった事を聞くんじゃねぇよ」
 斬られはしなかった。
「自分でも無粋だとは思ったんですけど」
 つい、ね、とは苦笑した。


 目眩が止まらないんですよ、とはぽつりと呟いた。

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