ひゅん、と風を切る音が聞こえた。
と、先程まで誰もいなかったそこに現れたのは、美しい女。女は不揃いに切られた髪の毛を乱暴に掻き揚げると、整った顔に似合わぬだらしない笑みを浮かべた。 「よう、ヴィラル!」 「…何の用だ」 明らかに歓迎している雰囲気ではないヴィラルに、陽気な訪問者は大げさに肩をすくめてみせた。 「ヴィラル、そんな顔をしなくても良いだろうが。私も嫌われたものだなぁ」 「別に嫌っている訳ではない」 好きとか嫌いとかそういう問題ではない、とヴィラルは言う。 「まぁ、ヴィラルと私は同じ隊長格だものな」 仲が悪くてはお互いやりにくかろう。きひひ、と女は歯を見せて笑った。下品な女だ、とヴィラルは眉間に皺を刻む。このという女は恐ろしいくらい美しい外見を持っている癖に、言葉遣いや振舞い方が酷く乱雑なのだ。 しかしだな、とは言葉を続ける。 「他の奴らは私のことを嫌っているのさ」 苛立たしげに言葉を吐き出すを見て、ヴィラルはため息を吐いた。 「そういう訳でもあるまい」 というのも、知性の高い獣人達の間での持つ美しさはすこぶる評判が良かったからだ。だからこその乱雑さはより際立ち、結果として美しさだけを求めるが故に近づく者が少ないというのが現状なのだが。 そのことをヴィラルが伝えてやると、は歪んだ笑みを浮かべてみせた。 「勝手な奴らだ!私を何だと思っていやがる」 「毒のある花だとでも思っているんじゃないか」 「勝手だ!嗚呼、実に勝手極まりない!」 は乱暴に自身の爪を噛み切ると、唾と共に吐き出した。の言う”奴ら”はこういう所作を嫌がるのだろうな、とヴィラルは冷静に思った。 と、思い出したようにはヴィラルを見た。 「なぁ、ヴィラル。お前もそう思うか?」 焦るような、探るような、それでいて一歩間違えば凶暴性を剥き出しにしかねない目をしていた。ヴィラルはそれに怯えるでもなく、ただ疲れたように首を振った。 「私は貴様を花だと思った事は一度も無い」 「ヴィラル!やっぱり君は最高だよ!」 の美しい顔には花のような笑顔が咲き誇った。ヴィラルは不覚にも、一瞬どきりとする。だから嫌なのだ、とヴィラルは渋面を浮かべた。 「勘違いするな。貴様は花にしては下品すぎると思っただけだ」 「いいや、ヴィラル。私にはそれで十分だ!ありがとう、友よ!」 かくして上機嫌になったには、誰が友なものか、というヴィラルの文句は届かなかった。 |