「何をしておる」 左衛門が呆れたように声をかけると、丈助が驚いたようにこちらを見た。 丈助の声が聞こえてきたので部屋を覗いてみた所、その巨体の傍らには徳利、そしての姿があった。呑気に酒など飲みおって。左衛門はため息を吐きながらも、がいる事に少々驚いていた。丈助と、珍しい組み合わせである。お人好しののことだから、丈助の誘いを断れずに付いて来たのかもしれない。 そんな考えを巡らせているうちに、丈助に声をかけられる。 「左衛門殿こそどうなされた?」 「どうもこうも。丈助、おぬし弦之介様に呼ばれていたのであろう?探しておられたぞ」 「おぉ、おぉ!これはいかん!殿、誠に残念だがこれにて失礼!」 これは一大事と、丈助は文字通り転がりながら外へと飛び出していった。 「やれやれ、慌しい事だ」 その後姿を見送りながら、左衛門はふと気づく。が先程から言葉を発していない。振り返っての様子を注意深く伺うと、頬がいつもより赤く色づき、どことなく苦しげだった。風邪ではあるまいか。左衛門は風が吹き込んでくる襖を素早く閉じると、に声をかけた。 「、熱でもあるのか?」 「いえ、そんなはずは…ただ、何だか変な感じがして」 「変な…?」 「えぇ。丈助殿にお酒を頂いたんですけど、慣れぬものを飲んだ所為か…いけませんね」 全部は飲めなくてこんなに残してしまったけれど、とは照れたように徳利を揺らして見せた。 「どれ」 左衛門はその徳利をから受け取り、匂いを嗅ぐ。仕事柄、嗅いだ事のある匂い。これは、と左衛門は眉をしかめた。 「…丈助め」 深いため息を吐く左衛門を見て、は何事かと首を傾げる。 「。今後あやつから受け取った物は、簡単に口してはならぬぞ」 「え?」 「奴め、勝手に媚薬を持ち出しおって」 後で弦之介様にきつく叱ってもらわねば、と左衛門は丈助が去っていった方向をぎらりと睨む。 一方、媚薬の言葉を耳にしたはそれどころではない。真っ赤に染まった頬を両手で押さえつけながら、ばたばたとその場を行ったり来たりを繰り返す。先程から微かに潤んでいた瞳には、とうとう涙が溜まり始めた。 「あぁ、もう、私、どうしたら」 「これ、落ち着かんか」 左衛門は混乱しているの肩を掴むと、半ば強引に座らせた。それから落ち着かせるように目を見て、言う。 「どうやら少量しか飲んでおらぬようだから、放っておいても熱は逃げよう」 「でも、左衛門殿」 「そんなに不安ならば、俺が手伝っても良いぞ」 手伝う。ということは、つまり、それは。 抱く、ということである。 「左衛門殿…!?」 左衛門の大胆な発言に、の声がひっくり返る。そんなを見て、左衛門は思わず笑いを零した。それからの肩に乗せていた手をすっと外し、自身の膝の上に置いた。 「あぁ、すまぬ。こんな機会に乗じて抱こうなど、俺も悪い男だ」 だから、と左衛門は続ける。 「、おぬしが選べ」 が恋い慕っている男は言うのだ。抱かれるか否かは自分で決めろ、と。 「左衛門殿は…意地が悪いです…」 は左衛門の着物をぎゅうと掴むと、自身の額を左衛門の胸元へ押し付けた。赤く染まった頬を見られまいとしての行為だ。左衛門は困ったように笑う。 「あぁ、知っておる」 言いながら、の顔をすっと上げさせる。目と目が合った。恥ずかしくて今にも死んでしまいそうだ、とは泣きそうになった。、と左衛門がもう一度その名を呼んだ。はその柔らかな響きをずるい、と思う。 「左衛門殿」 は目を伏せ、羞恥と熱に震えながら消え入りそうな声で呟いた。お手伝いして下さい、と。 には悪いが、丈助には感謝せねばならぬな。左衛門はそんな事を思いながら、の白い肌に唇を寄せるのだった。 |