ぐちゃぐちゃでどろどろしている、とは言った。

 昨日雨が降った所為だろう。元々柔らかであった土は、泥へと姿を変えていた。
 と幽鬼はぼんやりとそれを見ていた。二人の手は繋がれている。けれど恋人、という訳ではなかった。友達、というのも何だかしっくりこない。それなら私達は何なんだろうね、と以前が幽鬼に尋ねたことがある。幽鬼は笑っただけで何も答えてはくれなかったけれど、はそれでいいと思った。
「人間みたいだよねぇ」
 足元に広がる泥を見ながら、はしみじみと言った。
「人間みたい」
 二度目の言葉は幽鬼にかけるでもなく、ただの独り言のように響いた。
「ぐちゃぐちゃで、どろどろ」
 が歌うように言う。その声を聞いて、幽鬼は子供の頃を思い出す。ぐちゃぐちゃでどろどろ。幽鬼はそれをよく知っていた。知りたくもないのに、頭の中でがんがんと他人の声が響いていたあの頃。幽鬼が知っているそれを、も知っていた。
 だから今、二人はこうして手を繋いでいる。
「汚れるぞ」
 泥に向かって足を踏み出そうとするに気づいた幽鬼は、短く声をかけた。けれどは首をふった。片足が泥へと沈んでいく。幽鬼は一瞬、背筋が冷たくなるのを感じた。そのまま飲み込まれてしまうのではないだろうか、という考えがよぎったのだ。けれど足首まで埋まったそれが、これ以上沈む気配は無かった。
「私ね、泥は嫌いじゃないよ」
 幽鬼は?とが幽鬼の顔を見つめる。
 幽鬼はのことが嫌いではない。は人間だし、のことを嫌いではない幽鬼自身も人間だ。変えようのない明確で単純な事実。けれど、世の中には割り切れないものもある。
 黙ったままの幽鬼を見て、は回答を得ることを諦めたらしい。代わりにこう言った。
「ひんやりしてて、気持ちいいよ。幽鬼も入ってみたら?」
「…いや、ここでいい」
「そっか」
 は寂しそうに笑ってから、ゆるりと手を離した。幽鬼はその瞬間、どうしようもない寂しさを覚えた。けれど何をするでもなく、泥の中に足を踏み入れていくの背中をただ黙って見送った。

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