寄り道

 追いかけるのは、強さばかり。
 追っても追っても終わりの見えないそれに囚われてしまったのはいつだったか、更木はもう覚えていない。けれども狂ったようにそればかりを求めてしまう。理由なんてのは後からついてくるものだ、とある人が言っていた気がする。理由。しいていうならば、そうだ、楽しいからだ。理由なんていうのは、いつもそんな単純なものでしかないのかもしれない。
 とにかく更木はそうやっていつも前ばかり見ているのだが、時々後ろをちらと振り返る事もある。その度に小さな少女の姿が視界に入る。だから安心して更木は再び前を見るのだ。
 それ以外に一体何が目に入るだろう、と半ば嘲るように思っていた矢先の事だ。何か変なものが紛れこんで来たのは。


 面倒な奴に会った。
 実を言うと隊長という役職はそれほど多忙な訳ではない。当然の事ながら非番だってある。やちるは一角の所へ遊びに行ったきり戻ってくる気配は無いし、あの狭苦しい家の中にこもっていても腐ってしまう気がしたので、更木は一人ぶらぶらと外を歩いていたのだが。
「剣八さん」
 とやたら楽しげな声が耳に届いた。振向くまでも無かった。だ。は更木を”剣八さん”と呼ぶ。隊長と呼びやがれ、といくら嗜めても言う事を聞きやしないのだ。
 そういえばこいつも今日は非番だったか、と思い起こしているうちに、は極自然に更木の隣に立っていた。
「あれ、今日はやちるさんは?」
 妙にきょろきょろしていたと思ったら、成る程、やちるを探していたらしい。
「…一角の所で遊んでる」
 更木がため息混じりにそう返すと、
「あぁ、かわいそうに」
 はやはり楽しそうに笑いながらそう言った。こういう所が更木には理解できない。自分でも眉間に皺が寄るのがわかる。
「何がだ」
 苛吐いているのを隠そうともせずに、更木はをぎろりと睨む。それでもやはりは笑っている。この眼光に当てられてこうも笑っていられる女と言うのは、本当に珍しい。だから何かむず痒いのかもしれない。
「剣八さん、一人じゃ淋しいでしょう」
 馬鹿にしていやがる、と文句の一つでも言ってやろうかと思ったのだが、先にが口を開いた。
「折角だから」
 一杯どうです、とは何処に隠し持っていたのか、するりと酒瓶を取り出してみせた。
 悪くはねぇな、と更木が呟く。呟いてから空を仰ぐと青空が広がっていた。


 何も考えずに真昼間から酒なんか飲んでいるなんて。こんなおかしい事は他に無いんじゃあなかろうか。
 どれもこれも全部が悪い。
 悪態をつきながら閉じていた目を開ければ、そこにはの笑顔。それがあんまりに嬉しそうだったので、なんだか何もかもどうでもよくなってしまって更木は残りの酒を胃に流し込んだ。

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