整備室の無機質な地面に足を着けた瞬間、ヴィラルは悪戯を見つけられた子供のような顔をした。 視線の先には、腰に手を当てて仁王立ちしている娘。明らかにヴィラルを睨んでいる。気まずい沈黙が流れる中、それを穏やかに崩そうとヴィラルは慎重に言葉を選んだ。 「…その、何だ、。元気そうだな」 一瞬の間。 「元気そうだな、じゃないでしょう!」 どうやら言葉選びは失敗に終わったらしい。ため息を吐くヴィラルに、はつかつかと歩み寄るとマシンガントークを浴びせ始めた。 「私に黙ってエンキに乗って行くなんて!この間言いましたよね?私に許可を取ってから乗って下さいねって。まだ微調整が必要だからって。そしたら貴方、何て言いました?」 「あー…あの時は…わかった、と」 言い難そうにヴィラルが言葉を搾り出すと、は拳を握り、畳み掛けるように叫んだ。 「そうですよ!私と約束してくれたと思ったら、こんなに簡単に破っちゃうんですから!それでいいんですかヴィラルさん!隊長がそんなんでいいんですか!?」 「…仕方無いだろう。猿共がうるさいのがいけないんだ」 私が悪い訳ではない、とヴィラルは不機嫌そうに言った。もっとも自分に非があるという自覚はあるらしい。言葉は段々小さくなっていって、最後はほとんど聞き取れない程だった。 上司であるチミルフに忠実で、元々好戦的なヴィラルのことだ。仲間が戦いに出る中、自分だけ大人しくしていることが耐え難かったのだろう。もその辺りの事情がわからない訳では無いので、これ以上糾弾する気にはなれなかった。 はため息を一つ吐くと、静かに言葉をかけた。 「仕事熱心なのはいいですけどね、あまり心配かけさせないで下さい」 「…何だ貴様、私がそんなに弱いと思っているのか」 じろりとを見るヴィラルの表情には、不機嫌さが滲み出ていた。先程までのヴィラルの態度は何処へ行ってしまったのか。 「ち、違いますよ!」 慌てては手を振って否定するが、ヴィラルの機嫌は直らない。 「ならば心配など無用というものだろう」 「あの、そういう意味じゃなくてですね」 あぁもう鈍いんだから、というため息混じりにが呟く。その言葉を今更ヴィラルの耳が良い解釈をするはずもなく。 「え?」 瞬間、の目の前からヴィラルが消えた。と、は背後に気配を感じた。勢いよく振り返ろうとすると、鋭い爪が突きつけられた。動けない。たらり、と一筋の汗がの首筋を流れる。それを見た犯人、つまりヴィラルは満足そうににやりと笑った。 「これでも鈍いか?」 とどめとばかりにヴィラルはの耳元で低く囁いた。 本人は脅す振りをしてをからかうつもりなのだろうが、ヴィラルに好意を寄せるにとって、それはある意味脅しよりも厄介な代物だった。 「あの、わかりましたから!ほんと勘弁して下さい…!」 近い。近すぎる!嬉しいのか恐ろしいのかわからないは、半ば懇願するように叫んだ。もっとも、ヴィラルの目にはが本気で怯えているようにしか見えない。ヴィラルにはそんなが可笑しかったらしく、堪え切れずに声を立てて笑い出した。 「冗談だ」 が、には笑う余裕など無い。開放されると顔を真っ赤にしながら、とにかく無茶しないで下さい!と叫んだかと思うと、工具も何もかも放って居住区の方へ駆け出して行ってしまった。 「…冗談の通じない奴だな」 一人残されたヴィラルは、少々やりすぎたのだろうか、と腕を組んで首をかしげた。 なんとなしにエンキを見上げると、どことなく笑っているように見えた。 多分、気のせいだろうけれど。 |