砂に焼き付ける想い

 ヴィラルはあまり砂浜というやつが好きではない。この不確かな感覚がどうにもいけない。これならずっと宙に浮いている方がましではないか、というのは些か大げさすぎるかもしれないけれど。
 その砂浜にの姿を見つけた。何かを探しているようだったが、様子を見る限り首尾は良くないらしい。と、他の箇所を探そうと立ち上がったのだろう。その拍子には足を滑らせて仰向けに転んだ。盛大な転びっぷりに砂も舞う。
 その間抜けさ加減にヴィラルはため息を吐きながらも、砂浜に足を踏み入れる。靴は履いていたけれど、陽の光を浴びた砂は熱すぎるように感じた。足元の不安定さに苛立ちながら、の元にたどりつく。その阿呆面を拝んでやろうとその顔を覗き込むと、
「あ、ヴィラル」
 何がそんなに楽しいのか、は満面の笑みを見せた。その顔を見るとヴィラルはどうにも気が抜けてしまう。きっとこの阿呆面の所為に違いない、とヴィラルは自分に言い聞かせる。
「貴様、何をしている」
「貝を探しているの」
「貝?」
「ただの貝じゃなくてね、忘れ貝」
「何だそれは」
「大切な人を忘れることができる貝なんだって」
「またくだらん知恵を…大体そんなものを手に入れてどうする気だ」
 一瞬は戸惑ったように視線を逸らしたが、決心したようにまっすぐヴィラルを見つめた。
「ヴィラルにあげようと思って」
 チミルフ様が死んじゃってから、ヴィラルはおかしいから。
、お前…」
 ヴィラルがチミルフ様のことを忘れられるように。
 悪意の無い声は、純粋にヴィラルを心配するものだった。服が汚れるのも構わず再び砂を掻き分け始めたの姿を、ヴィラルはぼんやりと見下ろしていた。そして思う。なんて残酷で傲慢な娘なのだろう、と。忘れたいなどと誰が思おうか。むしろ忘れたくないのに。それなのに、は貝を探すのだ。
「…頼んでもいないのに、勝手なことをするな」
 静かな声。はその声の意図する所に気づかない。あるいは気づいていたのかもしれない。どちらにせよ、は最初から最後まで、ヴィラルを想うが故に止まらなかった。
「でも、ヴィラル、」
「いらんと言っている!」
 声を荒げるヴィラルに驚いたのか、びくりとの肩が震えた。恐る恐るヴィラルを見上げたその瞳に宿ったのは、怯えの色。ヴィラルは舌打ちをすると同時に、その細い腕をぐいと引き寄せた。
「痛いよ、ヴィラル」
 の声も聞かずに、ヴィラルはそのままその身体をきつく抱きしめた。
「貝は、探さなくていい」
 だから、しばらくこのままで。半ば懇願するような弱々しい声でヴィラルは呟いた。
 自分らしくもない。そもそもどうしてこんな事をしたのだろう。そこまで考えて、ふと思う。足元が不安定な分、確かなぬくもりを感じたかったのかもしれない。
 だから砂浜は嫌なんだ、とヴィラルは唇を噛んだ。

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