レモンティーに運ぶ
「どうぞ。レモンティーです」
 そうだ、これはレモンティーだ。外見、香りにおかしな所は無い。問題なのは男にレモンティーを頼んだ覚えがないことだった。
 男が口を開きかけると、店員の娘はにっこりと笑ってそれを制した。
「サービスです。お代はいりません」
「いや、しかし…」
「うちの店は祖父が趣味でやってるようなものですから」
 だからいいのだ。そう娘は言うが、そういう問題では無いような気がする。どうしたものかと男が閉口していると、娘は少しためらってから言葉を紡いだ。
「何だか思い悩んでいるようだったから」
 娘の言葉に、男は驚いたように目を見開いた。
「あの、お節介かもしれませんけど…少しの間だけでも、お客さんには笑顔でいてもらいたくて」
 だから、レモンティー。
「…そうか」
 最後に笑ったのはいつだったろう。思い返せば久しく笑っていない自分に気付く。笑う余裕も、笑うような出来事も無かった。
 たまにはこんなレモンティーも悪くないだろう。
「ありがとう」
 うまく笑えたかどうかはわからない。けれど、娘はそれを見て嬉しそうに笑ってくれた。窓から差し込む太陽の光は、先程よりも眩しいように感じた。

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