芸術品は果たして泣いた

 娘の裸体はとても白く、闇の中に浮き上がる程だった。
 美しい、とレッドは思う。こうして忍び込んできた甲斐があるというものだ。レッドは無意識に自身の唇を舐めた。

 名を呼ぶと、娘は初めてレッドという男の存在に気づいたらしい。ゆるりと視線をレッドに向けた。柔らかな身体のラインとは対照的に、その目元だけは鋭さを持っていた。男はその矛盾を愛した。
「相変わらず美しいな」
「ありがとうございます」
 礼を述べるの表情は動かない。その美しい唇が紡ぐ言葉に感情は無く、レッドにはそれが残念に思えてならなかった。
「しかしあれだな…こう堂々と裸を見せられると、逆にそそられないものだな」
「そうですか」
 長い睫で縁取られた瞳には、恥じらいも恐怖も何も映し出されていない。
 レッドが初めてこの娘を目にした時は芸術品のようにも感じたが、感情も何もない作品は果たして評価されるのだろうか、とも思った。残念ながらレッドは芸術家ではなかったので、その答えが出ることはなかったけれど。
 代わりに単純な疑問を投げかける。
「お前の飼い主は、いきなり抱いてくるのか?」
 興味本位の下世話な類のものではあったが、そこに下卑た色は無い。
「お応えする義務はありません」
「では質問を変えよう」
 レッドはにやりと笑った。
「お前が乱れるとどうなるのだろうな?」
「お応えする義務はありません」
 先程とまるで変わらないの答えを聞いて、レッドは声を立てて笑った。そして次の瞬間にはその瞳に冷たい殺気を宿していた。
 けれどこのまま簡単に殺すにはあまりに娘は美しすぎた。
 が瞬きをした瞬間、レッドは足音も立てずにに近づいた。一瞬で、キスでもしそうな距離にまで近づいてきた男の存在には、流石のも目を見開かせた。その微細な変化にレッドはささやかな喜びを感じる。
「応えないならば、勝手に見させてもらうだけだ」
「私に触れるというのですか」
 日頃から娼婦のような扱いを受けている癖に、この娘の放つ気高さは何なのだろう。
「触れずに楽しむ方法が無い訳でもないがな」
「そういう意味ではありません」
 あの男が許す訳がない、とは言う。わかっているさ、とレッドは笑った。
「斬れば良い話だ」
 単純明快。そう言っての肌にゆっくりと触れた。雪を思わせる白い肌は、存外暖かかった。レッドはそのぬくもりを求めるように柔らかな体を静かに抱き寄せた。
「貴方に斬れるとは思えません」
 レッドの腕の中で吐き出されたの声は震えていた。否定の言葉は同時に「斬って欲しい」という懇願にも聞こえた。それが真意かどうかはレッドにはわからなかったけれど、翌日の飼い主の首は綺麗に無くなっていた。

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