愛だよ、愛

「ただいま、!」
「おかえりなさい」
 迎えに出てきたを、セルバンテスはぎゅうと抱きしめた。久しぶりに感じる愛しい人のぬくもりは暖かく、少しこそばゆい。
「ずっと会いたかった」
 セルバンテスはの額にキスを落とす。はくすぐったそうに目を閉じて笑った。
 が、しかし。
「ちょちょちょちょっと待って下さいセルバンテスさん!」
「どうした?」
「どうしたもこうしたも、この手は何ですか!」
 この手、というのはの胸元に滑らされたセルバンテスの手のことである。
「あぁ、すまない。手袋をしたままだったな」
 手袋を外しながらにこにこと笑う姿はまさに紳士。が、
「そういう問題じゃなくて!」
…他に好きな男でもできたのかね?」
「違います!」
「そうか、ならば問題無いな!」
 はっはっはっ。セルバンテスは高らかな笑い声をあげ、再びをぐいと抱き寄せる。顔が、近すぎる。は心臓をばくばくと鳴らしながらもセルバンテスを押しのけようと必死になる。が、案の定びくともしない。
「あのですね!私が言いたいのは、」
「何をためらう?セックスは健全で生産的な行為だろう!そうだな、これはいわば全人類の為、世界の為!そう思わないか!」
 理屈はともかく、悪の組織に所属している男がこんな台詞を言うのもおかしな話である。
 それよりまずは話を聞いてもらわねば埒があかない。こうなったら平手打ちでもかまそうかとが思い始めた時、低い声がセルバンテスの向こうから聞こえた。
「真昼間からそう盛るな、セルバンテスよ」
 セルバンテスが後ろに視線をやる。はその隙にするりとセルバンテスの腕から逃れると、声の主に頭を下げた。
「アルベルトさん、すみません!お待たせしてしまって…」
「気にするな。それよりも…」
「アルベルトじゃないか!よく来たねぇ、いらっしゃい!」
「何がよく来たねぇ、だ。呼んだのは貴様だろうに」
 間を置いてから、セルバンテスがに問う。
「そうだったかね?」
「そうです!」
「そんなに怒らないでくれたまえ、冗談さ!」
 冗談には聞こえません、とが無言でセルバンテスを睨みつける。が、睨まれた本人はまるで動じずに微笑みかけるのだ。
「本当だとも!さっきはに会えたのが嬉しくてね、つい」
「いちゃつくのは後でいくらでもやってくれ。とりあえず用事を済ませたいんだが、いいか?」
「あぁ、すまない!では、とりあえず二階へ」
 流石のセルバンテスもようやく用事を済ませる気になったらしい。とにかくこれで一段落ついた、とは息を吐く。そんなの耳元で、セルバンテスがこう囁いた。
「夜を楽しみにしていたまえ」 
 と。そのまま足取り軽く階段を上っていくセルバンテスの後姿を見送りながら、は熱くなった耳を隠すように手で覆った。

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