「疲れた。少し寝る」 「うん」 黄信は何も言わない。だからは何も聞かない。 黄信が求めるものは、己に対する労いの言葉ではない。ましてや賞賛でもないし、共感でもなかった。それよりも黄信にとっては、血の匂いを漂わせて帰ってきても穏やかに迎え入れてくれるの存在が何より嬉しかった。 そのまま寝所に行こうとした黄信が、ふと足を止める。 「」 振り返って女の名を呼ぶ。呼ばれたは、何?と聞くように小首を傾げた。愛らしい女だ、と黄信は思う。態度にはあまり出さないが、黄信はこの女のことが好きでたまらない。 「膝を貸してくれ」 ぶっきらぼうな言葉だったが、にはそれが嬉しいらしい。柔らかく微笑んで膝を勧めた。 「どうぞ」 「すまん」 ごろりと横になると、春の陽射しを思わせる香りが黄信の鼻腔をくすぐった。女の膝の世話になるなど情けないことだ、と以前はよく思った。けれど不思議なことに、は黄信にそれを感じさせなかった。もしかしたらこの香りの所為かもしれない。いかに豪傑であろうと、春の陽射しの下では穏やかな眠りに誘われるに違いないのだ。 そんな考えを巡らせていた黄信を、の柔らかな言葉が引き戻す。 「甘えてくれてありがとう」 おかしな女だ、と黄信は思う。けれど悪い気はしない。 今日はいい夢が見れそうだ。黄信は静かに眼を閉じた。 |