溢れんばかりの悪と愛
 セルバンテスさんはBF団の十傑集の一人である。
 と同時に、オイルダラーによる大富豪でもある。
 そんな訳で彼の所有する別荘ときたら、一般庶民が驚く大豪邸なのである。その豪邸の2階のテラスに今いるのは、彼と私だけ。そして眼下に広がるのは百万ドルの夜景。
 嗚呼、なんてロマンチックな状況!
 もしかして彼は「君の瞳に乾杯」なんて言葉を繰り出すだろうか。言われた私はどういう反応をすればいいのだろう。「ねぇセルバンテスさん、とっても嬉しいけどそれはちょっと古いかもしれない!」
 と、めくるめく妄想の世界はセルバンテスさんの次の言葉により幕を閉じる。
「いいかい。この世界には悪が溢れているのだよ」
 そう言ってセルバンテスさんは自慢の艶やかな髭をぴんと伸ばした。そういえば以前その髭を切ろうとした私は彼にこっぴどく叱られたっけ。その時も今も彼独特の優雅さは変わらなかったけれど。
「悪?」
 対する私は優雅さとは程遠い間抜けな子供のように、そう聞き返した。
「そう、悪だ」
「じゃあセルバンテスさんも、悪?」
「そう見えるかね?」
「そう見えるかもしれない」
 口の端を吊り上げて質問してくるセルバンテスさんは、お世辞にも善良な市民には見えなかった。けれど。
「でもね、私にはどうしてもセルバンテスさんが悪だと思えないの」
「何故?」
 何故って、それは。
 言い淀む私を不思議に思ったのか、セルバンテスさんが私の顔を覗き込もうとする。
 嗚呼もう言ってしまおう。この顔が赤くなっているのを知られる前に。
「それは、きっと、」

 私が貴方を心底愛しているから。

 そう言ってから恐る恐るセルバンテスさんの表情を伺うと、目が大きく見開かれていた。彼がこんな風に驚くのは久しぶりに見た気がする。と思っていたら、次の瞬間にはぎゅうと抱きしめられていた。
 頭上でセルバンテスさんが叫ぶ。
「全く君はとんでもない大馬鹿だな!」
 馬鹿にされているのかどうか判断がつきかねたけれど、聞こえてくる楽しそうな声と暖かな熱の所為でそんな事はどうでも良くなってしまったので、私はそのまま目を閉じた。

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