「やはり貴方には勝てないな」 幾度目かの勝負の末、ジョヴァンニは手に持っていた駒を放り投げた。純銀で出来たそれは綺麗なアーチを描き、ぽすりと柔らかなベッドの上に落ちる。 「チェスは昔から好きなの」 がくすくすと笑う。上品な笑い方だ。作り物ではない生まれ持ったもの。ジョヴァンニはそれを美しいとも、哀れだとも思う。 「もしも貴方が指揮官ならば、貴方の元で動く駒共は喜ぶでしょうな」 ジョヴァンニはチェスが苦手ではないしむしろ得意なのだけれど、本気で相手をしていても(手加減をするとが怒るのだ)いつだって勝つのはだった。だから戦略を立てる際にはの方が優秀である、とジョヴァンニは言うのだ。 言われたは皮肉めいた笑みを浮かべてみせる。 「もしも指揮官ならば、ね」 「おやおや、私としては誉め言葉を送ったつもりなんだが」 「意地悪な人ね」 でもそこが好きよ。口の中でが呟くと、知ってか知らずかジョヴァンニはその柔らかな唇にキスをした。 唇が離れると、は自嘲めいた笑いを零した。 「私も駒の一つなのよ」 女は財産の一つである。半年後にはという財産を売り払う父は立派な家柄を手に入れる。は頭の良い娘だ。どう足掻こうが事態が変わらないことを知っている。けれど嘆かずにはいられなかった。 何故、女に生まれてきたのか。 「この世界でプレイヤーになれる人はどれくらいいるのかしら」 答えを求めている訳ではなかったが、はぽつりと呟いた。 「さぁ、いるのかどうかも怪しいものだ」 ジョヴァンニは軽やかに椅子から立ち上がったかと思うと、先程ベッドに投げた駒を摘んで拾い上げた。純銀の駒は何も語らない。代わりにジョヴァンニが静かに言葉を吐き出す。 「嬢、駒は貴方だけではない。皆が駒なのですよ、きっと」 「そう、駒ね。私も、貴方も」 この男にしては感傷的なことを言う、とは思った。 けれど次の瞬間には、男の美しい顔に獣じみた笑みが潜んでいることに気付く。この男は感傷など感じてはいないのだ。それどころか満足している。そして喜んでいるのだ。戦場と言う名の盤上に、戦士と言う名の駒として己が存在していることに。 「…私も貴方みたいに馬鹿になりたい」 が皮肉を込めてそう言うと、ジョヴァンニは声を立てて笑った。 「それはいい考えだ。一日中愛する者のことを想っていられるような日々を過ごせるに違いない」 「嘘ばっかり」 貴方が想うのは戦いのことばかりでしょう。 心の中でそう呟いてから、あながちジョヴァンニの言葉が嘘ではないことに気付く。は頭の良い娘だった。ジョヴァンニの言う愛する者とはのことではなく、戦場における敵共であることなど容易に読み取れた。 いっそのこと本当に馬鹿になりたい、とは思った。 |