勉強における私の頭は決して良い方とは言えない。いやむしろ悪い方です正直に言うと。そんな訳でその日は補習を受けていた。しかも一対一の。バスケで言うなればワンオンワン(百一匹わんちゃんではありません)。しかし私如きの為に先生の貴重な時間を奪う訳にはいきません!と模範的で素晴らしい生徒らしい発言をかました所、やっぱりそこは寛大なる先生。そんな事はまっっったく気にせんでいいから、と爽やかな笑顔を浮かべて下さいました。この暇人教師め! その約一時間後、勉強という名の地獄を乗り越えてぐったりする体を引きずりながら廊下に出ると、老体に鞭打つなんちゃらの如くひやりとした空気が襲ってきた。オー私のゴッド!教室と廊下でこうも気温が違うなんて。文句を言うならやっぱり校舎に言うべきなんだろうか。 そんなことを考えながら、少しでも寒さから逃れようとカーディガンの袖を精一杯伸ばしていると、もういっぽーん!と外から太い声。補習を受けている時には気にならなかったのに。窓から覗くとグラウンドには野球部の姿。あ、山本発見。昼休みに友達数人と誰がかっこいいかを話していたのを思い出す。こりゃ人気だよなぁ、と野球に打ち込む山本少年の姿を見ながらしみじみ思った。スポーツができて明るくて優しかったならば、それはもう理想の彼氏に違いないさ! だけど私は。 「わっ」 突然、腕をぐいと引っ張られた。あ、雲雀さんだ、と思った瞬間には唇と唇が触れていた。つまりこれはアレか噂に聞くキスというやつですかねぇ雲雀さん! チャイムが鳴り始めてから、鳴り終わるまでにキスは終わっていたのは覚えている。ああ私は今キスをされている!と妙な感動を覚えたことも。なんせファーストキスだもの!だけど嫌ではなかった。雲雀さんは彼氏でも何でもないが、これは不思議なことなんかじゃない。だって私は雲雀さんのことが好きでたまらなかったから。 ただ、驚いただけ。 ちなみにキスの味は無、だった。レモン味なんてただの幻想だ!とぶつけようのない不満をちょっとだけ覚えた。そういえば人の唇が意外に柔らかいことを知ったのもこの時だったかもしれない。 すぐ近くにある雲雀さんの髪の毛はさらさらで、睫はばさばさ、肌はすべすべ、だけど唇が少しだけが少し乾いていたのでなんだか意外だった。 「リップクリーム使いますか?」 我ながら、間抜けな台詞が口から出ていた。不自然なくらい私の声は落ち着いていたのだけど、奇襲の如くファーストキスを奪われた乙女の第一声がこれでいいんだろうかという疑問は残らないでもない。 だけど言われた雲雀さんが呆気に取られた表情をしていたのが、私には楽しくてしかたがなかった。まぁ次の瞬間にはいつもの不機嫌そうな表情に戻っていたのだけれど。 「いらない」 「毒なんて塗ってないのに」 「つまらない冗談だね」 その癖笑うのだから、雲雀さんの笑いのツボは時々わからない。だけど次の瞬間には笑いを引っ込めて、不機嫌そうにこう言った。 野球はもっとつまらないよ、。 言うだけ言うと自分勝手な雲雀さんは、くるりと背中を向けて足早に去ってしまった。その時の私は雲雀さんを止めるだけの力を持っていなくて。だから私はとにかく一連の雲雀さんの行動の解析に努めた。 ほんの少し。ほんの少しだけ。これは大きすぎる期待なのかもしれないけれど。今のは山本への焼き餅から生まれた行動だったらいいなぁなどと思い立ってしまった自分が情けないやら恥ずかしいやら。でもね雲雀さん、乙女という生き物はとても勝手なものだからそう解釈してしまいますよ。いいんですか。どうなんですか。結局のところは突然キスなんかしてくる雲雀さんが悪いんだ。だけど。だけど。 あぁもうどうして私は「どうしてキスしたんですか?」って聞かなかったんだろう! |