唯、唯

 「私は貴方のことが好きなんです」

 そう言ったのは、十五以上も年の離れた少女。
 あんまり真っ直ぐな瞳をして言うものだから、ジェットは一瞬何もできずに固まった。
 いやいやいやいやちょっと待て。
 ジェットは止まりかけた思考をフル稼働させるべく頭を振った。もう一度の言葉を反芻する。わたしはあなたのことがすきなんです。は確かにそう言った。もう一度頭を振る。それからに言い聞かせるように、ゆっくり言葉を吐き出した。
、あまり大人をからかうもんじゃないぞ」
 お前は冗談が好きなんだから全くあっはっは。
 と、これで済めば良かったのだが、案の定は笑わない。代わりに表情に不機嫌さが加わる。
 嗚呼、そうだ、これはまるで出来の悪いジョーク。
「冗談なんか言ってません」
 そう言うの瞳は、とても、とても真っ直ぐで。
 思わず引きずり込まれそうになる感覚を覚える。だが、俺の年齢は?そして彼女の年齢は?そうだ、よく考えろ。
「俺の年齢、知ってるか?」
「三十六」
 即答ときた。そう、嫌になるくらい。
「俺とお前が、その何だ、恋人ってのはぁ…やっぱまずいだろう」
 そう言ったとき”恋人”の部分が妙に早口になった。その理由はジェット自身もよくわからない。
「ジェットさんは頭が固すぎる」
「あぁ、石頭ってやつでな。頑丈だぞ」
「そういう意味じゃなくて」
 冗談だったんだが。とぼそりとジェットは漏らすが、今日のは笑ってくれない。それどころか今にも泣き出しそうに見えた。勘弁してくれ、とジェットは思う。女の涙は見ないで済むのならば見ない方がいいに決まっている。
「お願いだから、真面目に聞いて下さい」
 そう言ったの声は震えてはいなかった。けれどそれはか細く不安げな子供の声だった。そうだ、はまだ。
「お前はまだまだ子供みたいなもんだ、。だから、」
「私は」
 遮る様には言葉を吐き出した。半ば叫ぶように、縋るように、諦めるように、そして慈しむように。
「貴方のことが好きなんです」

 もう一度。もう一度その言葉をその瞳でその声で言われたのならば。くだらないモラルなんかいとも簡単に取っ払って、その細い体をがむしゃらに抱きしめてしまう気がした。
 男にはそれがとても恐ろしいことのように思えた。

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