愛しい香りをその胸に抱け

「貴方、血の臭いがする」
 戦から戻ってきたジョヴァンニを見た途端、は顔をしかめた。
「あぁ、いい香りだろう。フランスの血だからな」
「好きじゃない」
「何だ、はイタリアの血の方が好みか?それともスペイン?」
「そういうことを言ってるんじゃなくて」
 あぁ、もう!とが地団太を踏む前に、わかっているさ、とジョヴァンニは笑う。
「ただ、お前を見ているとどうもからかいたくなる」
 が血を好いていないことは、ジョヴァンニとてわかっていた。けれど、そう、の反応をみるのが楽しくてしかたないのだ。だからつい言葉が飛び出る。
「いつまでも子供扱いしないでよ」
「子供に欲情する趣味は持っていないから安心するがいい」
 拗ねるようにそっぽを向いたを見て、ジョヴァンニはそう笑った。笑いながら、の腕を掴んで引き寄せようとする。けれど、いつもならばそのまま身体を委ねてくるは動かない。これは拒絶だ。
?」
 無理矢理抱くのはごめんだった。愛しい娘を怒らせることも泣かせる事も、嫌に決まっている。ジョヴァンニは潔くぱっと手を離し、代わりにの顔を覗き込んだ。ぱちりと目が合う。の瞳は不安げに揺らめいていた。
「ジョヴァンニは…怪我してない?」
 成る程、どうやら今までそれを心配していたらしい。を怒らせるようなことをしただろうかと杞憂していたジョヴァンニは、肩の力が抜けるのを感じた。
「そんな事を心配していたのか」
「そんな事なんかじゃない」
 私にとってはそれが一番大事なの、とはジョヴァンニを睨み上げる。これには参ったとジョヴァンニは両手を挙げて苦笑した。
「それではお前を安心させよう。俺の血は俺のものだ。他人に譲った事も、譲ってやる気も無い」
 ようやくの顔が和らいだ。
「それならいいの。おかえりなさい、ジョヴァンニ」
 がジョヴァンニの身体にぎゅうと抱きつく。やっと帰宅を許してくれたらしいからは、ふわりと柔らかな香りがした。

 血は好きだ。血の臭いも好きだ。
 けれど、この柔らかな香りも愛しくて仕方が無い。

 応えるように、ジョヴァンニはの身体を優しく抱きしめた。

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