俺、今寝てたか。 ふすまの開く音を聞いて、まどろんでいた意識が研ぎ澄まされる。先程まで手にしていたはずの兵書は、いつの間にか畳の上に落ちていた。 とてもゆっくりで静かな音は、慎重さを物語っていた。 一瞬敵かとも思ったが、すぐに警戒を解く。部下ならまず声をかけるだろうし、万が一敵ならもっと周到にやるだろう。 安堵の息を吐いて再び目を閉じたが、思い直して瞼を薄く開く。と、そこにはふすまをそうっと閉めようとしている娘の背中があった。だ。 まぁた、こいつは。 頬が思わず緩む。 一体何をする気なのだろうか。まさか不意をついて抱きついたりなんて、普段しないような可愛らしい事をしてくれるのだろうか、いや待てもしかして。 妄想を膨らませているうちに、の手が髪の毛に触れたのを感じた。その瞬間、頭皮から掻き分けるように髪の毛をかき回された。俺の髪!狸寝入りをしている場合ではない。 「お前っ、人様の髪にいきなり何しやがる!」 なんとかの手から逃れ、人を禿げさせる気かこの野郎、とぶつぶつと文句を言ってやる。けれど、は悪びれも無く言葉を発した。 「鬼」 「は?」 「元親は鬼だって言うから。鬼には角があるでしょう」 だから角を探し出そうとしたのだと、は言う。一気に脱力。がくりと肩を落とさずにはいられなかった。 「、お前なぁ…俺に角なんかあるわけねぇだろうが」 「だよねぇ」 「わかっててやりやがったか、この野郎」 勿論本気では無いが拳を硬く握り締めてみせると、は不意に叱られたような顔をした。 「大分考えたんだよ」 「何をだ?」 「もし元親が鬼だったら私はどうするだろう、って」 の顔は至って真剣である。 まったく、この娘は。 馬鹿なんだかガキなんだかわからない。こんな事を懸命に考えるなんて。それともこの娘は常人には想像のつかないもっと深く遠くを見ているのだろうか。真実はわからない。わかるのは、己がこの娘を愛しいと思う事実だけ。 「で、どうするって?」 「もし元親が鬼でもね、きっと私は元親の事が好きだと思うんだ」 「もしも話は好きじゃねぇ」 目の前の俺だけを見ればいい、との目をまっすぐ見て言ってやった。の瞳に映る男は鬼ではない。勿論角なんてない。ただの人だ。 は一瞬呆けたような顔をしてから、嬉しそうに笑った。 どうやら姫君は角のない男がお気に召したようだ。 |