分岐点

 彼は、私を裏切り者と呼ぶのだろうか。
 彼は、私を呪うのだろうか。
 彼は、私を殺しにくるのだろうか。


 そんな事を考えながらも足は止まらなかった。
 ソファで眠る美しい青年を背に、ゆっくりと銀のドアノブに手をかけた。
 と、
「君は、好きな道を行けばいい」
 背後から穏やかな声。驚きに手が止まる。首筋を嫌な汗が伝うのを感じた。
「起きてたんだ」
 搾り出すように声を吐き出してから、一度深呼吸。それから苦笑しながら振り返った。
 結局、ごまかせやしないのだ。
 視線の先のリドルの目は閉じられていたが、それでも凝視されているかのような錯覚を覚えた。
「怯えているのかい?」
「そうかもしれない」
 そうかもしれない。そうではないかもしれない。自分でも判断がつかなかった。馬鹿な女だ、と彼は思うだろうか。
「やっぱり君は正直だ」
 そう言ってリドルは笑う。

 その笑い方が、すごく好きだった。

「ねぇ、リドル。私が行ったら、貴方は私を恨む?」
「あぁ、恨むね」
 簡潔な答え。
 一瞬、リドルの瞳がの全身を貫く。凍てついた、それでいて何もかも焼き尽くしてしまいそうな視線だった。
 しかし、次の瞬間にはリドルの目は閉じられ、穏やかな微笑を浮かんでいた。
「結局は、君の道は君にしか決められないものね」

 彼が彼の道を選んだように。

「ありがとう、リドル」
「どういたしまして、
 一瞬流れた暖かな空気。まどろみは時として罪になる。再びよく知った心地よい暖かさに捕まるのを恐れたは、銀のドアノブを不必要に乱暴に回した。
 その日見た空は、雲一つ無かった。


 彼は、私を裏切り者と呼ぶだろう。
 彼は、私を呪うだろう。
 彼は、私を殺しに来るだろう。


 それでも何処かで想われているのならば、それはそれで悪くないと思った。

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