は檜佐木の死覇装が変だと言った。

「よく要さんに怒られないね」
「あの人がこのくらいの事で怒ると思うか」
 思わない。要さん、つまりはや檜佐木の上司である東仙要は心が広い。それくらいも知っている。知っているけれど、それとこれとは少々話が違うとは思うのだ。
「それにしたって、何で袖が無いの」
 が今着ているのは死神の正装とも言うべき死覇装である。檜佐木が着ているそれも死覇装と言える。ただ、袖が無かった。代わりに両の肩から手までが空気に晒されている。冬は寒いに違いない。
 それを檜佐木は一言でこう片付けた。
「個性だろ、個性」
 個性。何とも素晴らしい言葉だ。この言葉の前には規律と言う言葉がぶち壊されてしまうのだから。
「変だよ、そんなの」
 そう言って69と書かれた刺青を見つめる。これだって変だとは思う。せめて漢字で書けばいいのに、と。
「変」
 不機嫌そうに、檜佐木に向かってそう一言。自分でも何が気に入らないのかわからないのに。
 本に目を向けていた檜佐木の顔がこちらを向いた。一瞬、面倒臭そうな顔をしているのではないかと少しだけ怖くなった。それでも文句を言いたくてしかたがなくて。ふいに、泣きたくなった。自分が全て悪いのに。全て檜佐木の所為にしたくなった。
「大丈夫か」
 心配そうな声。貴方は私の事が面倒臭くないのか、と尋ねたくなる。けれどぐっと堪えた。多分それを言ったら檜佐木は怒る。面倒臭い訳ねぇだろうが、と怒る。はそれを知っている。言葉で全てを確かめようとする自分は卑怯だと思った。
 だから、
「大丈夫」
 とせめてもの一言。無理に笑っても檜佐木にはすぐばれるので笑わずに言ってやった。
 ゆっくりと。檜佐木の腕が伸びてきた。すごく綺麗だ、とは思う。檜佐木の腕のこういう筋肉だとかをは持っていない。嗚呼、そうか、と思い当たる。だからかもしれない、こんなに気に入らないのは。言ってしまえば嫉妬なのだこの感情は。
 なんとも下らない。
 思っているうちに、の頭は抱き抱えられるようにして檜佐木の胸元へと引き寄せられていた。檜佐木の心臓の音が耳にやけに大きく響いて、なんだかすごくどきどきした。
「急に、何」
 心臓の高鳴りを隠すようには声を荒げた。言ってしまってから、自分でもえらくガキだと思った。言った手前、後にも引けずにはそのまま檜佐木の体を押し返した。けれど、視線の先の檜佐木はにたにたと笑っていた。
「復讐だ」
 檜佐木は何処か得意げにそう言ってから、再びを抱き寄せた。
 何が復讐なものか。
「ものすごい気持ちいいんですけど」
 が憮然とそう言うと檜佐木は、
「そりゃ残念だ」
 と笑った。全然残念じゃなさそうに。
 やはり泣きそうになる。どうにもこの暖かさがいけない。全く違う感触なのに、布団にくるまっているような暖かさだとかを思い出して、妙な安心感を覚えてしまうのだ。今度こそ押し返す気力もなくなっていた。苛立ちだとか泣きたい気持ちだとかもどうでもよくなってしまって。暖かさの所為だ。人は暖かいとどうにもぼんやりする生き物だ。そうだ、全部暖かさが悪いのだ。
「参ったか」
「参らない」
 得意げな檜佐木の声が何だか悔しくて、ぐりぐりと意味も無く檜佐木の胸に頭を押し付けてやった。

 言葉だけがいつだって一丁前なのだから、本当にどうしようもない。

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