「パラケルススさん助けて!」 とが涙目半分で飛び込んできた時には、戦慄すら走った。 「どんな急病かと思えば…」 パラケルススが苦笑すると、は子供のように口をとがらせた。 「だって、仕方ないじゃない。こんなに痒いんだもの!」 は勢いよく袖をまくりあげ、赤く腫れ上がったそれを指差した。虫刺され、である。 「それも一箇所ならまだしも何箇所も…!」 まくし立てるように叫んでからがくんとうなだれるを見て、やはりパラケルススは苦笑を隠せないでいる。 「さん、また何処かほっつき歩いてたんでしょ」 「そりゃあ否定はしないけど、別にほっつき歩いたって訳じゃ…あぁもうかゆい!」 が年甲斐もなく痒さに喚くので、パラケルススは困ったように肩をすくめた。 「まぁまぁ、薬塗ってさしあげますから。ほら、椅子に座って」 「すいません、ありがとうございます」 我に返ったようにが頭を下げた。それから無意識に固めていた拳を緩めて、古ぼけた木の椅子に大人しく座る。 そうしている間にパラケルススは棚にいくつも置いてある箱の中から、目的の箱を取り出していた。古びてはいたが、わりと凝った装飾のされた蓋を開けて中を覗き込む。あぁ、確かこれだ、と小さな薬瓶を取り出してきゅっと瓶の栓を抜く。ふと、妙な違和感。 「どうしたんです、急に黙っちゃって」 パラケルススがそのまま手を止めてを見る。 「いえ、なんか」 「アタシャ胡散臭い薬なんか出しませんよ」 疑われてるなんて傷つくなぁ、とパラケルススが冗談めかして言うと、は慌てて手を振った。 「違いますったら!パラケルススさん、なんだか神様みたいだなぁって」 「神とは、また大きく出ましたな」 予想外の返事にパラケルススが笑うが、は柔らかく微笑んだ。 「本気だと思っていないでしょう、でもね、私本気なの。パラケルススさんの薬は人を救えるから」 「薬じゃなくたって救える方法はありますよ」 自分の力だけじゃ救える者は限られてくるのだ。とはパラケルススは口には出さなかった。の嬉しそうな顔を曇らせたくなかった。些細なわがままだ。その代わり、 「あまりそういうことを口にしない方がいい」 と声を落として警告した。下手なことを言うと魔女狩りの犠牲者になりかねない。たった一言が命を奪うことだってありえるのだ。 「パラケルススさんの前だけだから。貴方なら見逃してくれるでしょう?」 「貴方はもっと危機感を持つべきだ」 笑うにパラケルススは脱力する。その拍子に、手に持った薬瓶の中身がちゃぽんと音を立てて揺れたのを聞いた。 「ところでさん、痒みはどうなりました?」 途端、は再び目を見開いた。 「思い出すとだめ!痒い!かーゆーいー」 ばたばたと腕を振り回すを見て、言わなきゃ良かった、とパラケルススは軽く後悔する。 「ほら、すぐ塗りますってば」 「ありがとうございます…」 神にはなれない。けれど、愛する人の傷を癒せることに感謝した。 |