「せっかく綺麗な顔なのに、隠すなんてもったいないな」
「え?」
 はぽかんとした表情を浮かべて、しばらくそのまま固まっていた。今しがた研究用のゴーグルを外したばかりのその顔は、やはり可愛いな、とロジャースは呑気な感想を持った。許して欲しい。恋する男の常である。


‐ 秘密の花 ‐


 研究員であるはその研究の性質上、目を保護する為にごつい真っ黒なゴーグルをつけていることが非常に多い。研究員の常として(なのかどうかロジャースにはわからないが)、いちいち外すのが面倒なのでそのままつけて一日過ごすことも多いということであった。
 その発言を受けてロジャースがぽつりと呟いたのが、冒頭の台詞であったのだが。
「え?」
 ロジャースは鸚鵡のように疑問符をはじき返す。何か変なことを言っただろうか。見当もつかない。
 と、ここで呪縛から放たれたかのようにの表情が一変した。一気に頬が真っ赤に染まったのを見て、ようやくロジャースは自身の放った言葉の意味を理解する。

 これでは、まるで、口説いているようではないか!

 勿論、日頃からロジャースはに想いを伝えたいと思ってはいる。
 けれど、その想いはロジャース自身の意思を持って、然るべきタイミングで伝えたいというのが男の心情である。こんなうっかり零れたような言葉から、うっかり伝わればいいというものではない。
 ロマノフがいれば、そんなの気にしないで今言っちゃいなさいよ、とでも助言するのであろう。しかし残念なことにロマノフは不在である。
 以上の理由から、ロジャースとしてはその場を誤魔化すのが最優先事項となった。
「いや、その、綺麗っていうのは、ええと、一般的な意味でね」
 じゃあ一般的じゃない意味とは何なのか、と問われれば言葉に窮する所であるが、勿論ロジャースの想い人はそんな詰問はしない。代わりには頬の熱を冷まそうとでもしているのか、両手でぺちぺちと自身の頬を叩きながら早口でまくしたてる。
「あ、あの、すみません、普段そんなこと言われないものですから。ちょっとびっくりしただけで。あの、なんだか、すみません」
「いや、私の方こそ、戸惑わせてしまってすまない。でも…普段、言われないのかい?」
「えぇ!?」
 驚いたように長い睫を瞬かせるが、ロジャースは不思議でたまならない。こんなに美しい娘が、綺麗だと言われ慣れていないなんて。
「スタークさんなんかはよく仰いますけど。ナターシャさん曰く、あれは彼の挨拶だって」
「なるほど」
 トニー・スタークはやはり要注意人物である。あの男は天性の女たらしだ。挨拶だろうが何だろうが、そこに女性に対する想いがゼロかと言われれば、きっと答えはノーだ。ロジャースは心の恋敵リストにトニー・スタークの名を加えると、ぐるぐると赤い丸印をつけた。
 ここで、思い出したようにが声を上げた。
「あの、論文が美しくまとまっているだとかは、よく言われてました」
 のはにかんだようにその笑顔はまるで花のようで、ロジャースは自身の胸に暖かさが広がるのを感じた。

 しばらくはこの笑顔をひっそりと独占するのも、悪くないかもしれない。

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