女の艶やかな唇を奪おうと形の良い顎に指を添えた瞬間、その唇がゆるりと弧を描いた。これから始まるであろう行為を予感して笑った訳ではなさそうだ。興味を覚えたセルバンテスは、その唇から紡がれる言葉を待つことにした。
‐ ずるい人 ‐
「ねぇ、セルバンテス様。私の小さな頃の夢、何だと思う?」 唐突な問い。の漆黒の大きな瞳に、悪戯めいた輝きが宿る。元々好奇心旺盛なセルバンテスは、いつも唐突に始まる質問ごっこが嫌いではない。 「当てたら何かご褒美が出るのかね?」 「えぇ」 鼻と鼻が触れ合うような距離で、は余裕のある笑みを浮かべている。ほんの少し驚かせてみたくてセルバンテスは唇を近付ける。が、のしなやかな掌に制されてしまった。 「どうやら正解するまで、キスはおあずけのようだね」 セルバンテスは潔く小さな顎から指を離した。だからといって自身を離すつもりもない。慣れた手付きで女特有の体のラインを辿り、しなやかなその腰を両手で抱き寄せた。 「は小さな頃からこんなに美しかったのかね?」 「そんなこと」 「いいや。そうだとしたら、その頃を知らない私は酷く時間を無駄にしたことになる」 「セルバンテス様ったら。それは得意の口説き文句?」 「まさか」 生まれて初めて言ったよ、とセルバンテスが囁いた。冗談ばっかり、とは拗ねたように男の腕を軽くつねった。けれど、の頬が赤く色づいたのを見つけたセルバンテスにとって、痛みとも言えない程のその感触はむしろ心地良かった。 「の小さな頃の夢か」 「そう、ほんの小さな頃のね」 「素敵な恋人を作ること?」 「…貴方みたいな?」 この娘はセルバンテスを喜ばせるのが本当に得意だ。 「そう!そうさ、。そうして君は大金持ちになる」 「あら、私を金目当ての女だと思ってたの?」 心外そうに眉を潜めるその顔も、セルバンテスは嫌いではない。口に出せば余計に怒るだろうから、今まで伝えたことはないけれど。 「まぁ、そこも含めて私自身だからね…は私の全てを愛してくれているものだと思っていたんだが?」 セルバンテスがじっとその瞳を覗き込むと、の長い睫がふるふると揺れた。 「…ずるい人」 「恋する男は、皆ずるいものだよ。それで、、正解は?」 「教えてあげない」 俯いてむすりと、そう一言。どうやら姫君のご機嫌を損ねたようだ。 「正解か、不正解かも?」 「えぇ。教えてあげませんとも」 こうなったは存外頑なだ。ふいと顔を横に逸らして、視線を合わせてもくれない。 「ご褒美は、おあずけかね?」 仕方ないなぁ、とセルバンテスは困ったように笑ってから、の頬にキスを落とした。それから小ぶりの耳に唇を寄せて、こう囁いた。 「今日は唇は諦めるとするよ。代わりに他をいただくとしよう」 その言葉により赤く染められた耳をセルバンテスが軽く噛んでやると、の華奢な肩がびくりと小さく震えた。 「ずるい人」 非難めいたその言葉が存外甘い響きを放っていたので、セルバンテスはすぐにでもその唇を奪いたくなってしまった。が、焦りは禁物である。 「君のためなら、いくらでもずるくなるさ」 今度は白い首筋にキスを落とすと、ばか、とのか細く甘い声がセルバンテスの耳をくすぐった。 唇へのお許しが出るまで、そう時間はかからないだろう。 |