戴宋さんは、いつも私と鉄牛に一緒に稽古をつけてくれる。
 強くなったな。成長したな。頑張れよ。
 そう褒めてくれた後、戴宋さんはよく私の頭をぽんと叩いてくれた。そうやって戴宋さんに触れられた部分は、いつもしばらく熱を残した。
 元々強くなりたかった私は、自分自身の成長が感じられるのが嬉しかった。けれど、いつからだったか。それに加えて戴宋さんに褒められたいと思う自分がいることに気がついてしまった。
 尊敬しているし、戴宋さんの優しさは兄のようであったし(実際に私に兄弟はいないけれど)、だから、これは恋なんかではない。そう、自分に言い聞かせた。胸の熱さに気付かないふりをして日々をやり過ごしていた。

 つまり、私は、恋をしていた。


‐ うそつき ‐


 この日は鉄牛は任務に出かけていたし、戴宋さん自身も呉先生と打ち合わせがあるということだったけれど、時間を作ってわざわざ私に稽古をつけてくれていた。稽古終わりに、戴宋さんが感心したように口笛を吹いた。
「前より格段に良くなってるな。自主練も欠かしてないだろう」
「ありがとうございます!皆が任務に出てる間に、差をつけられたら困りますからね」
「いい心構えだ。ご褒美に飯でもおごってやろうか」
「え!?ほんとですか!?」
「お、食い意地はってるねぇ」
「いや、そう言う訳では…!」
 戴宋さんと一緒に過ごせること自体が嬉しいんですけど、とはさすがに言えなかった。
「冗談だ。それに、女もよく食う方がいいってもんだ。しかし、今日は鉄牛もいねぇしなぁ…」
 後で拗ねられそうだ、と戴宋さんが顎に手を当てて呟いた。
 一瞬、デート、という言葉が脳裏をよぎるが、必死に追い払う。追い払っているうちに、戴宋さんが言葉を続ける。
「そもそも、こんなおっさんと二人で行くのも味気ないだろうしよ」
「そんなことないですよ!」
「それに、ほれ、お前さんの好きなやつに見られて勘違いされても面倒だろう?…ま、俺相手じゃあそんなことも起こらんか」
 こんな冗談ばっかり言ってたらまた怒られちまうな、と戴宋さんが声を立てて笑う。
 やだなー戴宋さんてば、そもそも好きな人なんていないですし。
 と、私もここで笑うべきだった。それなのに。
「戴宋さん!」
「ん?」

「私は、あなたのことが好きなんです」

 搾り出すように言葉を放った瞬間、恥ずかしさと後悔とが一気に襲ってきた。滲んだ視界の向こうで、戴宋さんの細い目がこれでもかというくらいに大きく見開かれたのが見えた。

 この顔が、失望に変わるのなんて、見たくない。

「…お兄さんみたいで!ほら、私、兄弟とかいないから!お兄さんがいたら、こんな感じかなって…」
 早口でまくしたてたが、後半は蚊の鳴くような声でしかなかった。言い切る勇気も無い癖に。中途半端なことならしない方がましなのに。
 戴宋さんは呆気にとられたような顔をして、それからはじけたように笑った。
「何だ、。あんまり顔真っ赤にして言うもんだから、何事かと思ったじゃねぇか」
 そうだ。困らせるなんかより、こうやって笑ってもらった方が、よっぽどいい。
「…でもなぁ、、覚えとけよ。男はなぁ、単純なんだ。すぐ勘違いしちまうんだから、滅多なこと言うもんじゃねぇぞ」
 わかったな?と戴宋さんが私の顔を覗きこむ。少しだけ、心配そうな顔。胸が詰まって声は出なかったけれど、安心させたくて私がこくこくと頷くと、戴宋さんが歯を見せて笑った。その顔がたまらなく好きで、余計に泣きたくなった私は、ごまかすように深く頷いて下を向いた。
「わかったならよろしい」
 戴宋さんはわざとかしこまってそう言ってみせると、その武骨な手で私の頭をぽんと叩いた。少し乱暴なそれに、私の頭が少しだけ仰け反る。反射的に叩かれた部分を押さえて目をパチパチさせている私を見て、戴宋さんがまた笑った。
 嬉しくなる自分が、嫌になる。
「おっと、そろそろ戻らないと呉先生に怒られちまうか…悪いな、
「いえ!こちらこそ引き止めちゃったようで、すみません」
「飯、どうするよ?」
「また今度でいいです。それより、呉先生!待ってますよ!」
「おう、また稽古つけてやるからな!」
 慌ててその場を駆け出す戴宋さんに、私もぺこりと頭を下げた。
 良かった、と思う。今はこれ以上、平常心で話す自信が無かった。そのまましゃがみ込みそうになる所を、戴宋さんの声に止められた。
「安心しろ、!」
 恐る恐る顔を上げると、結構な距離から戴宋さんがこちらに向かって叫んでいた。
「俺もお前さんのことは、妹のように可愛いと思ってる」
 胸が熱くて、苦しくて、たまらなかった。

 嗚呼、なんて優しくて、なんて残酷な人!

 戴宋さんは結局こちらの返事を待たずに、叫ぶだけ叫ぶとその場を走り去ってしまった。九大天王の名は伊達ではない。
 後に残された私は、戴宋さんに叩かれた頭を両手でぎゅっと抑えて、しばらくその場に立ち尽くしていた。けれど、いつまで経ってもこの熱は消えてくれそうにないのだった。

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