バートンが放つ矢には、いつも迷いがない。 あの時の矢もそうだ。まっすぐに飛んできた。 まるで彼自身のようだ、とは思う。 自分もあんな風にいられたら。 はそう願うけれど、うまくいかなかった。 トレーニング中は冷静に対処できたし、あのロマノフ相手にも健闘した(結果は負けだったけれど)。「なかなかいい筋してるわよ」と微笑まれた時には嬉しくて仕方が無かった。もしかしたらお世辞だったかもしれないけれど、感心したような彼女の言葉は自信へと繋がった。 だから、平気だと思ったのに。 実際に敵を前にすると、恐怖で足がすくんだ。 半ば自己暗示のように、大丈夫大丈夫と繰り返し小声で呟いていたけれど、敵と目が合った瞬間、頭が真っ白になった。まるで金縛りにあったかのように身体がぴくりとも動かないのである。危ない、というバートンの声が聞こえたのは覚えている。そこから先は、音の記憶がない。目と鼻の先まで敵が迫った所で、バートンの放った矢が敵に突き刺さった。敵が崩れ落ちる映像だけは何故かスローモーションで、鮮明に覚えている。 結局、はそれきり最後まで動けないままでいた。最終的に放心状態のところを見かねたバートンに抱き抱えられて現場を引き上げるという失態を晒したのは、忘れたくても忘れられない。 平気だと思ったのに。駄目だった。 その事実はを打ちのめした。 どうにか気持ちを切り替えようと、ここ数日はトレーニングルームに篭りきりになった。タイミング良く任務で外に出ている者が多く、一人で思う存分使うことができたからだ。気持ちが沈んでいるにとって、それは大変ありがたかった。 今日もは一心不乱にサンドバックを殴る。蹴る。サンドバックはその度に大きく揺れるが、自分自身への怒りだとか失望感だとかはそれでも納まらない。 肩で息をしていると、唐突に後ろから声がかかった。 「無駄な動きは体力を消耗するぞ」 振り返った先にいた人物を見て、は小さく息を飲む。バートンだ。コンクリートの壁に背を預け、腕を組んで立っていた。口振りからすると、しばらくの様子を観察していたらしい。衝動に任せた荒い動きを見られていたかと思うと、は余計に落ち込んでしまう。 「あの…先日はすみませんでした…」 「あまり自分を責めるんじゃない」 どんよりとした口調のに比べて、バートンの言葉は至って軽やかだ。言葉と同様にバートンの動きはしなやかで、大きく揺れているサンドバックにするりと近寄ったかと思うと宥めるように抑えてしまった。サンドバックはかなりの重さがある。片手で簡単にそれを抑えてしまえるその腕は、やはり逞しい。の命を救った腕だ。 「怖いと思うのは当たり前だ。、お前が特別な訳じゃない。初めてなら、なおさらだ」 「…それにしたって、あれは酷かったでしょう」 「確かにな」 さらりと肯定された事実は、十分自覚していたとはいえの胸にぐさりと刺さる。しかし、バートンは言葉を続けた。 「でも、次は大丈夫だ」 「え?」 「今回でわかっただろう?の後ろには俺がいる。だから、安心して戦えばいい」 まっすぐな言葉。まっすぐな瞳。 嗚呼、また、この人に救われるのか。 何でもない風でいて、実はとても力強いバートンの言葉に。瞳に。は光を見る。 「ありがとう、ございます」 感極まってしまったが涙を滲ませると、今まで落ち着いていたはずのバートンが慌てたように言葉を発した。 「おっと、泣くなよ?泣いてる女は苦手だ」 敵は単純に倒せばいいが、女はどうやって慰めればいいかわからない。 さっきからを励ましていたはずのバートン自身が困ったようにそう言うものだから、は思わず笑ってしまった。 |