射手の副業

 これで任務終了。
 その直後、の身体がぐらついたのをバートンは見逃さなかった。
 小さく舌打ちすると同時に、バートンは駆け出していた。までの距離をもどかしい。今回の任務はまだ経験の浅いと、その補助役となったバートンとで二人で請け負ったものだ。しかし、任務の都合上お互い離れたビルの屋上にいたのである。
 バートンが屋上から屋上へと飛び移っていき、ようやくの元へ辿り着く。見るとは身体に似合わぬ大きなライフルを抱えてしゃがみこんでいた。新しい武器だと嬉しそうに磨いていた姿を思い出すが、今は手に余っているように見えた。表情は俯いている所為で見えない。バートンが近くまで駆け寄ると気配を察したらしく、大丈夫と言うように片手をひらひらとさせてみせた。

「ふぁい」
 名を呼ぶと予想以上にふにゃりと気の抜けた声が返ってきたので、バートンは顔をしかめた。
 バートンはの目の前に片膝をついてしゃがみこむと、武骨な指で彼女の顎を掴んだ。抵抗はなく、そのまますっと顔を上げさせることができた。その頬は燃えるように赤く、目の前の男を見つめる瞳は潤んでぼんやりとしていた。
 バートンの口からため息が漏れる。
「馬鹿」
「え?」
「どうして言わなかった」
「な、何を」
 普段と比べて口調のきついバートンに対して、は怯んだ。
「熱、あるだろ」
 その一言で、の目が大きく見開かれた。やはり自覚はあったらしい。その事実にバートンはさらに苛立ちを募らせる。一方のはバートンの手を弱々しく押し返すと、ごまかすように目を伏せた。
「…無いもん」
 そうやって嘘を吐くは、いつになく幼く見えた。
 自白させることは不可能であると判断したバートンは、さらに遠慮なく距離を詰めると自身の額をの額へとぴたりと合わせた。が慌てて身を引くよりも、バートンが熱の高さを知る方が早い。
「やっぱりな」
「クリント、あの、これは…」
「観念しろ」
 の言い訳は、最早通じない。成す術を失くしたは俯いて黙り込んでしまった。バートンは再びため息を一つ。それからその細い身体をひょいと抱き上げた。俗に言う、お姫様抱っこというやつである。
 バートンの行動の素早さと、熱から来る判断能力の著しい衰えから、一瞬は自身の状況を飲み込めずにいた。しかし、バートンの腕の力強さだとかその胸の暖かさだとかを徐々に感じ取ると、一気に感情が爆発した。恥ずかしい。恥ずかしすぎる!バートンは構わず黙々と歩き始めたが、にとっては平常心でいられる出来事ではなかった。
「や…やだやだやだやだ!降ろして!」
 子供のように声をあげるは流石にライフルを乱射するような真似はしなかったものの、バートンとしては抱きかかえている相手に身をよじられるのは嬉しくはない。
!落ち着け!」
「降ろして!降ろしてってば!」
「…お願いだから、静かにしてくれ」
 バートンの言葉をが理解するより前に、彼女の額にはふわりとキスが落とされていた。一倍照れ屋のはこうするだけで大人しくなることを、バートンはよく知っている。案の定、腕の中の娘は元々赤かった頬をさらに赤くして、それきり口を結んでしまった。
 シールドの面々に見つかるまでは、このまま順調にという荷物を運んでいくことができるだろう。運び屋になったつもりはないんだが、と思いつつもバートンは不思議と悪い気はしないのであった。

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