私、貴方のことを何も知らない。それが、とても悲しい。 が寂しげにぽつりと呟くと、バートンが驚いたような困ったような顔をしたので、はすぐさま自分の発言を後悔した。彼のそんな顔を見たかった訳ではないのだ。 バートンはに対して、とても優しい。それだけ知っていれば、十分なのに。 詮索好きの嫌な女だと思われただろうか。そんなのは耐えられない。つまらないことを言った、とは我ながら思う。願いが叶うならば、今すぐ時間を巻き戻したかった。けれど残念ながらはそんな特殊能力など持っていない。油断すると涙が零れそうになった。これしきのことで、何を泣くことがあるのか。は歯を食いしばる。面倒臭い女だなんて、バートンにだけは絶対思われたくなかった。 あれこれ考えている間にも流れていく沈黙が、徐々にに重く圧し掛かってきた。必死に言葉を探すが、口は呼吸以外のことをまるで忘れてしまったようだ。 代わりに、先程から考え込んでいたらしいバートンが口を開いた。 「言われてみれば、俺ものことは何も知らないかもしれないな」 どことなくのんびりとした響きに、は心なしか救われる。と同時に、何も知らない、というバートンの言葉は予想以上にを傷つけた。はバートンのことを知りたいし、自分のことも知って欲しかった。そして、その傲慢さは自身を再び自己嫌悪に陥れる。 だけど、とバートンは言葉を続けた。 「俺は、のことを信頼してる」 まっすぐな瞳に、まっすぐな声。 はその真摯さに胸を貫かれるような感覚を覚える。それは決して不快ではなく、むしろ心地良い衝撃で。 「はどうだ?」 先程の言葉とは打って変わって少し遠慮がちなバートンの問いかけに、はもどかしくなる。 そんなの決まっている。答えは一つだ。 「私も、貴方を信頼してる!」 の勢い込んだ返事に、バートンは一瞬驚いたように目を見開いたが、それからすぐにくしゃっと笑った。 私は、この笑顔を知っている。それが、とても嬉しい。 |