傷痕

 腹の傷。
 肌蹴た着物を掴んだは、それから視線を逸らす事が出来なかった。
 呆然とするを見て、原田は一瞬言葉に詰まる。しかし、次の瞬間には大きな口を開いて笑ってみせた。そう、の好きな笑顔で。
ってばだいたーん!」
 きゃーえっちー、とさらに原田はおどけてみせる。そんな原田を見ると、いつもは笑ってしまう。何より今は、原田のその優しさが嬉しかった。
 だから、今日も笑おうとした。笑いたかった。

 けれど、無理だった。

 ぺちり、と。平手打ちにしては、随分間抜けな音が響いた。
 暴力に慣れていないその手が、力なく原田の頬から滑り落ちる。呆気にとられた原田の視線の先で、の頬を涙が伝った。
 原田は、今度こそ何も言えなかった。

 は、悔しかった。

 何が侍だ、とは思う。侍になんかなれなくたっていいじゃないか。守る面目等、元からないではないか。
 原田にそんな事を言えば、烈火の如く怒るだろう。あるいは、再び腹を切りかねない。その勢いだとか思い切りの良さだとかを綾音は愛した。
 けれど。
 腹を切ろうとする行動、そしてその底にある揺るぎない信念を、はどうしても許せなかった。腹を切った時の原田は、きっとのことなど忘れていたに違いない。

 この人は、侍だ。

 にはどうすることもできない事実。これから腹の傷を見る度、嫌と言う程思い知らされるに違いない。
 にはそれが辛くて愛しくて、だからこそ悔しくてたまらない。

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