綺麗に殺されてみたい、と思った。 いつも夢に見るのは真白な空間の中、ただ一太刀。あの錆びた刀に胸を裂かれて真紅の血を飛び散らせて。 最期に目に映るものは、ただあの人のあの笑み。 考えるだけで顔がほころぶ。 死を欲しているはずなのに、こうやって想像していると深く生を感じる。 だから、死ねない。 「何にやけてやがる」 虚を切り捨てた後、低いが、よく響く声が、を叱咤した。 「にやけてましたか」 言われて初めて気がついたように、は声の主にそう返した。 そんなを見て、更木は元から凶悪な顔に更に皺を刻み込んだ。 「また余計な事を考えてたんだろうが」 「酷いなぁ、余計な事だなんて」 微塵も酷いと思っていないような口調では笑う。が自身の斬魄刀を懐に納める間、視線をやらずとも更木がため息を吐いたのがわかった。 「…やちるの相手でもさせてりゃあ良かったか」 やってられない、と更木がぼやく。 はそんな更木を見るのが楽しくて仕方がない。 「隊長」 「くだらねぇ質問したら斬るぞ」 呼びかけただけなのに。しかもこの人は実際斬りかねないから質が悪い。 まぁ、別に斬られても余り問題は無いけれど。 思ったそれは、口にはしなかった。代わりに言いたい事があったから。 「隊長にとってはとてつもなくくだらない質問かもしれないんですが、私にとってはとてつもなく重要な」 「なら早く言え」 苛吐いた口調で人の台詞を遮る更木は矛盾の塊だ。けれど、力でそれを指摘させない。 何故だろう。こういう瞬間、この人の事がものすごく好きだと確信させられる。 やはり自分はどこかおかしいのかもしれない。 思わず笑いが零れ落ちた。更木が嫌う類の笑いなのを知っていた、は、それを酷く心地が良いと思う。 「斬るぞ」 更木は短気だ。とうとう刀の柄に手をかけた。 隊長が隊員を斬る最初の犠牲者になるのはそれはそれで面白いのではないか、と一瞬思う。 思ったけれど、どうしても気になる事があったのではようやく言葉を切った。 「私を斬って下さい、と言ったら隊長はどうしますか?」 それが知りたくて。 間があった。 「やっぱりくだらねぇじゃねえか」 どうも自分はこの人にため息を吐かせるのが得意らしい。また吐いた。 「くだらないですかねぇ」 「くだらねぇよ」 「隊長は人の努力を水の泡にするのが得意なタイプですか」 「知らねぇよ」 一世一代の発言をしたはずなのに。 いつものような低次元な会話が展開されているのは、一体全体。 が首をかしげていると、刀の柄で額をごんと殴られた。 「隊長、世には言葉と言う素晴らしいものが存在しているはずなんですが」 ひりひりとする額を抑えながら、は意見を述べる。 「斬られたいとか言ってる奴が、こんな事くらいでがたがた言ってんじゃねぇ」 確かに。釈然としないながらも、は頷いた。 「大体そう言う奴斬ってどうすんだ。楽しくも何ともねぇ」 やちるとままごとでもやっていた方がましだ、と更木は言う。 やるんですかと聞けば、やらねぇと言う返事が返ってくるに違いないけれど。 「隊長、変ですよ」 「お前には一番言われたくねぇ台詞だ」 ごん、ともう一発。 「隊長、血管が切れます」 「気にすんな」 私も矛盾の塊なのかもしれない。 なんとなく、思った。 もしも私が死にかけていたら、隊長が斬ってくれますか。 綺麗に死ねると思うなよ。 でも、どうも私は夢見がちらしくて。 とりあえず俺に斬られるまで、せいぜい頑張って生きやがれ。 |