膝の上で眠る男。
 その褐色の肌を、黒い鎧を、どす黒く染めているのは血。この人はどうしてこんなにも血が似合うのだろう。
 は静かな声で話しかける。自分の声はこの男に届きさえすれば、それで良いのだから。
「ねぇ、貴方の瞳が見えないわ」
 は今、ジョヴァンニの瞳を覗き込みたくて仕方が無かった。その、瞳を。
「ねぇ、瞼の裏には何も見えないでしょう?」
 だから、その瞳を、お願いだから。
 ぽたりと一滴。男を覆う黒と赤の中に、じんわりと涙が溶けた。



「貴方が死ぬ夢を見たの」
 はジョヴァンニの顔を見ずにぽつりと言った。
「それは予知夢というやつか?」
 微塵も思っていないであろうことを楽しげに言うジョヴァンニを見て、は一瞬口をつぐんだ。それから拗ねたように言う。
「いいえ。私の希望じゃないかしら」
「ならば、今から俺を殺すかね?」
 ジョヴァンニは目を細め、にぐいと顔を近づけた。
「殺せるものならとっくに殺しているわ」
 ジョヴァンニの指先がの小さなあごをついと掴む。
「それで泣くのはお前だろうに、愛しい人よ」
 いつものからかうような口調ではなく、それは思いがけずに柔らかく囁かれたものであった。同時に、その言葉が示すものはまさしく真実であったので、はジョヴァンニの瞳に捕らえられてしまった。
 何もかも飲み込んでしまうような瞳。その奥には、戦に出た瞬間に燃え盛るであろう黒い炎が今も小さく揺らめいている。

 嗚呼、貴方のその瞳ときたら、私を魅了して止まないのだ!

「貴方が死んだら、私、貴方の瞳をくりぬけばいいのかしら」
 泣きそうな声でが言うと、
「これはまた、随分と悪趣味な」
 ジョヴァンニが愉快そうに笑った。

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